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「石巻2.0」が提案する、新しい街のカタチ

「石巻2.0」代表の松村豪太さん

石巻を大津波が襲った日から、この街には全国から多くの志ある人々が集まり、ともに未来の石巻を語り合ってきた。その語らいの中から自然発生的に生まれた新プロジェクト「石巻2.0」(ISHINOMAKI 2.0)が、今、石巻の街を変え、未来を変えていこうとしている。今回はその発起人のひとりであり、津波の被災者でもある「石巻2.0」代表の松村豪太さんにお話を伺った。

■「石巻2.0」についてお聞きします。こちらは震災後に立ち上げられたそうですが、どのような経緯で生まれたのでしょうか

私は、震災前から「総合型地域スポーツクラブ」というカテゴリーのNPO法人でマネージャーとして活動していました。「総合型地域スポーツクラブ」というのはドイツのスポーツクラブをモデルにした形態で、単一のスポーツを一時期だけ熱心に行う日本型スポーツとは違い、地域で生涯を通じて、多種目のスポーツを楽しめる環境づくりを目指しているものです。私たちの場合は、運動の苦手な人や高齢者などにスポットを当ててプログラムを組み、実践してきました。ウォーキングを楽しみながら、町の魅力も再発見しましょう、というような活動です。

石巻2.0代表 松村さん

震災当時、私はそのスポーツクラブの事務所にいました。川の近くにあった事務所は、津波で1階の天井まで水が来て、私たちは一晩、波の上のような場所で過ごしました。朝、建物から外を見ると周りはヘドロの海になっていました。
呆然としながらも、翌日から泥かきなどを必死でやっていたのですが、そのうちスポーツで関わった仲間たちが集まってきてくれて、プチボランティアセンターみたいなものが自然発生したんです。そこに、東京をはじめ全国から人々が集まってくるようになり、泥出しやがれき撤去などの作業もしつつ、とても面白い人々との“新しい輪”が生まれはじめました。建築家や大学で都市研究をしている方、広告代理店の方など実にさまざまな人がいて、鍋をつつきながら、彼らと意気投合していったんです。

「石巻2.0」の代表としては、僕ともうひとり、阿部久利という人物がいるんですが、僕も彼も、震災前からこの石巻の街に対して問題意識を持っていました。石巻の街は、震災前から、たとえば閉鎖的なところ、コミュニティの少なさ、経済的な空洞化、若者が減っていくことなど、多くの問題を抱えていました。僕も阿部も、「このままじゃダメだよな」とは思いつつ、かといって何ができるかも分からない状態だったんです。

「石巻2.0」が目指す、石巻の“バージョンアップ”とは

ところが、震災を経験して、必死な状態で実際に体を動かしてみると、「手を挙げてみれば周りの人も動いてくれる」ということに気づいたんですね。じゃあ、街づくりも同じようにできるのではないか。今はむしろ、今までの問題点を解決して、もっと面白い、クリエイティブでオープンな街を作るためのチャンスなんじゃないかと。そんな想いから、ボランティアで来ていた人々も巻き込みながら、「石巻2.0」が誕生しました。ちなみに2.0には「web2.0」のような双方向という意味と、「ver. 2.0」のようなバージョンアップの意味が込められています。

■「石巻2.0」の活動の方向性について教えてください

私達のミッションは、まず「石巻をオープンでクリエイティブな街にする」ことです。それにはあらゆる情報を開示して、外から来やすい街にすることが必要だと思いますし、かつ、若者が手を挙げやすい環境にしなければいけません。消費社会的な、安く仕入れて高く売る、というものではなく、“何か新しい価値を生み出す街”にする必要もあります。

IRORI

我々は「人の誘致」という表現をよく使っているのですが、外からいろんなアイディアや知見を持った人たちが来て、楽しみながら街を歩いてくれれば、どんどんアイディアを落としてもらえるんです。そういった仕組み、さらに言えば、そのまま暮らし続けてもらえるような仕組みを作ることも必要だと考えています。
そんなビジョンに沿って、誰でもインターネットに接続できる「IRORI」というオープンシェアオフィスを作ったり、「復興民泊」のプロジェクトを進めたり、向かいの「かめ七」さんにフリースペースを設けたりと、訪れる人の受け皿作りを進めています。

ここ(IRORI)では、もちろん仕事や調べものをしてもらうだけでもいいんですが、出来れば「みんながつながってほしい」という想いもあります。実際にIRORIを利用する方は8割ぐらいが街の外からの人で、ボランティアの人も、観光の人も、ビジネスの人もいるのですが、その人たちが互いに自己紹介をして、その後も関わりあっていく“化学反応”も起きています。

■現在、「石巻2.0」のメンバーはどんな人達なのでしょうか

「石巻2.0」代表松村さん

「あらゆる障壁を取り去る」というのを会の方針としているので、メンバーが何人、とは正確には言えないのですが、主要メンバーとしては20人ぐらいです。石巻出身が4~5名ほど、震災後に石巻に移り住んだ人が3~4名います。残りの半数以上は東京などに住み、仕事を継続しながら参加しているメンバーです。今はインターネットなどのさまざまなツールがありますから、距離はあまり関係ないんですね。メールやスカイプなどを使えば簡単に意志疎通ができるので、親密な関係が築けています。

■活動の成果としては、どのようなものがありますか

「石巻2.0」が目指す、石巻の“バージョンアップ”とは

まずフリーペーパーの「石巻VOICE」はとても大きなもので、初期は名刺代わりにもなっていました。マスメディアとは違う切り口で、本当の石巻の姿をお届けできていると思っています。編集者の経験もある広告プロデューサーの飯田昭雄氏が編集長になって、取材は飯田氏と東京工業大学の真野研究室の方が行っています。

 

ここ「IRORI」の運営も活動のひとつで、毎日30~40名ほどに利用していただいています。場所代は無料で、インターネットも無料で使えます。そのかわりにコーヒーを1日飲み放題300円で提供して、運営費に充てています。

■「復興民泊」も「石巻2.0」のプロジェクトですね

復興民泊はい。泊まっていただいた「復興民泊」も事業のひとつです。向かいの「かめ七呉服店」にドミトリーが男女別にあって、個室がここから50mほどの場所にあります。ボランティアの方々はもちろんですが、街づくりに関心がある方や、「今の石巻を見ておきたい」という人に是非泊まっていただきたいですね。

今はまだ2部屋なのですが、いずれもう少し部屋を増やせればと考えています。海外にはゲストハウスの文化が根付いていますが、石巻でも、そういう文化が定着すればいいですね。そして「IRORI」をラウンジとして使って、新たな交流が生まれてくれれば嬉しいです。

このほか、「かめ七」の1階には「コミュニティカフェかめ七」という雑誌協会との協力で作ったカフェがありますが、これもかめ七のご主人と我々のプロジェクトのひとつです。ちょっと離れたところには「復興バー」も運営しています。

■「石巻工房」とは何でしょうか

石巻工房

ここ「IRORI」は「石巻工房」という市民工房でもありまして、奥のドアの向こうで実際にものづくりが行われています。 この工房は2.0創立メンバーである建築家・芦沢啓治氏が生み出したアイディアで、震災後の混乱の中、5月か6月頃に始まったプロジェクトです。石巻に「ものづくりの拠点」を作ったら絶対に面白くなる、という発想で、最初はD.I.Y.のワークショップから始まり、地元の石巻工業高校の建築部と一緒にベンチ作りなどをしていました。

 

その後、アメリカのハーマンミラー社の人がこの活動に共感してくださって、2011年の夏、世界中の家具職人さん20人ほどが石巻を訪れて、私達に単純で簡単にできる家具の制作方法、再生産のノウハウなどを指導してくれました。

石巻工房

このときに作ったベンチは仮設住宅などに無料で配り、その後も製造を続けながら、全国に向けて販売しています。ちなみに工房は、近日中にすぐ近くの別の場所に移転して、カフェスペースを今よりも少し広くできる予定です。

■堅牢で素敵なベンチですね。香りも素敵です

石巻工房ベンチ

これはレッドシダーというカナダ産の材木で、ドイツの材木業者さんと交渉してもらって、規格外の材木を「支援価格」で買わせてもらっています。完成品としても、ツールとしても販売していますのでよろしければどうぞ。インターネットでも販売しています。

■このアイトピア通りは被害も大きかったエリアだと思いますが、1年経ってさまざまな魅力が蘇っているんですね

日和アートセンター

はい。私たちの運営する場所以外にも、「IRORI」の隣ににある「日和アートセンター」さん、魚屋さんが場所を提供して“名店街”にした「まるか」さん、今年4月にオープンしたカフェ「ROOTS」さん、間もなくオープンする「復興マルシェ」など、たくさんの魅力ある場所ができ始めています。

■若い市民と全国の有志が集まり、アイディアを持ち寄るという「石巻2.0」の活動を、他の地域に広げたり、他地域の団体とコラボレーションしたりという動きはあるのでしょうか

松村豪太(まつむら・ごうた)さん

当初からこの2.0のスキームを、のれん分けというか、拡散したいという考えは持っていました。残念ながら今は僕自身が「石巻2.0」の作業で手一杯で、その時間は持てていないんですが、例えば女川、気仙沼、南相馬など、他の被災地の団体の方が話を聞きに来てくださっているので、私たちもノウハウはどんどん伝えるようにしています。

この仕組みというのは何も被災地だけではなく、全国いろんな街で取り組めるものだと考えています。たとえば東京にはすごく才能にあふれているのに、その才能を活かしきれていない人がたくさんいると思うんです。そういう人が地方にやってきて、他の才能と出会うことで活躍でき、街にも活気を与える――石巻の活動が落ち着いてきたら、今後はこのノウハウをもって、のれん分けにも力を入れていきたいと思っています。

石巻工房

メンバーの中には最初、ボランティアで何気なしに石巻を訪れたのに、今では住民票まで移して定住している人もいます。彼らはよく「必要とされることが嬉しい」と言うのですが、こういう新たなライフスタイルがあることを、もっと知ってほしいですね。これは石巻に住む私たちにとっても嬉しいことですし、きっと彼らにとっても幸せなんだと思います。

「2.0」という言葉には、震災前の状態に戻すのではなく、震災を機に石巻を新たなフェーズ、「2.0」へとバージョンアップさせたいという願いを込めています。新しい未来に向かって自走を始めた石巻の今の姿を、ひとりでも多くの人に見ていただきたいですね。

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■プロフィール
松村豪太(まつむら・ごうた)さん

石巻出身。仙台の大学に進学し法律を専門に学ぶ。卒業後は仙台で働いた後、石巻に帰郷し、NPO法人石巻スポーツ振興サポートセンターのクラブマネジャーを務める。震災後は仲間と「石巻2.0」を立ち上げ、さまざまな活動を始める。石巻2.0代表理事、復興バーマスター、ラジオパーソナリティ、石巻経済新聞編集長など、さまざまな肩書きを持つ。
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■石巻2.0
http://ishinomaki2.com/

■石巻工房
http://ishinomaki-lab.org/

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