東日本大震災の被害と復興状況

2011(平成23)年3月11日金曜日、14時46分に発生した東日本大震災の震源地は三陸沖。震源の深さは約10km、マグニチュードは9.0であった。大船渡市の震度は6弱。市に到達した津波の第1波が観測された時刻は、地震発生から8分後の14時54分であった。

 

その被害は想像を超えるもので、2012(平成24)年3月27日現在、大船渡市だけでも死亡者340人、行方不明者82人に達する。2011(平成23)年2月の住民基本台帳によると市の人口は40,769人であったことから、死亡者は人口の約0.8%にも及ぶ。また、物的被害は判明分だけでも約1,077億円と類推されている。

※参考

http://www.city.ofunato.iwate.jp/www/contents/1303015440244/index.html#%E8%A2%AB%E5%AE%B3%E7%8A%B6%E6%B3%81

 

大船渡市の全面積は323キロ平米。そのうちの8キロ平米が浸水し、さらにその約半分は建物用地であった。そのため、市外への一時移動者が178人と人口の約0.4%。避難者数は1,939人と、震災後およそ2か月が経過した2011(平成23)年5月時点でも、まだ5%にも上った。

 

建物は同市の約3割が被災し、特に大船渡湾で被害が大きかった。主な産業である水産業にも影響を及ぼし、被害総額471億円と推定され、その額は前年の大船渡市の水揚げ額の約8倍にも匹敵する。その他事業所も、半分以上が被害を被った。

 

また、地盤沈下も観測されている。同市では最大76cmもの沈下が観測されており、岩手県内においては陸前高田市に次いで被害が大きかった。

 

※参考

http://www.city.ofunato.iwate.jp/www/contents/1305074403730/files/1hisaijoukyou_0512.pdf

 

これだけ大きな被害にあった大船渡市だが、2カ月後の5月には、徐々に瓦礫撤去が行われ、道路周囲の瓦礫は目立つものの交通の便はほぼ震災以前のように復旧。8カ月後の11月には、震災の影響で殆どの家屋や店などが流されてしまった大船渡町野々田も、瓦礫の撤去をほぼ終え、少しずつだが店などが営業再開をしている。津波で打ち上げられて話題になっていたタグボートも、撤去が完了された。

 

このように徐々に復興が進んでおり、休業中であった店舗などが営業再開の声が聞こえてくるのはとても嬉しく頼もしくもある。例えば、4月には「碁石海岸レストハウス」が営業を再開し、「かもめの玉子」で有名な「さいとう製菓」の中井工場も本格的に再開。6月には「大船渡市場」が再開し、7月には「大船渡市立博物館」も営業再開した。8月には大船渡名物の「さんま」も水揚げ可能となり、受付を停止していた「さんま直送便」が「復興さんま直送便」となって受付開始。さらに、12月からは、被災した店が集まってできた新たなショッピング施設が続々とオープン。「おおふなと夢商店街」「地の森八軒街」「大船渡屋台村」「浦浜サイコー商店会」など、徐々に便利さと活気が戻って来た。

 

市内の宿泊施設も営業を再開してきており、12月5日には「大船渡プラザホテル」も営業再開。その他の営業中宿泊施設の一覧は以下のページで見ることができる。

http://www.city.ofunato.iwate.jp/www/contents/1079417389268/index.html

 

今後の計画として、2013(平成25)年度までには、仮設店舗や仮設工場などの整備や道路・橋梁の復旧。2016(平成28)年度までには、被災者の公営住宅の整備、集団的移転の推進、漁業の再開発を目的とした防波堤や防潮堤などの再建。2020(平成32)年度までには、コミュニティの拠点となる施設の整備、防災機能向上のための道路などの整備、災害発生時を見据えた迂回路を整備といった計画が発表された。これから復興に向けて、どんどんピッチが上がっていくことを期待したい。

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