大船渡市社協 復興ボランティアセンター

「社協」とは社会福祉協議会の通称。全国各地の自治体で、地域福祉の推進をはかる拠点として設置されている社会福祉法人のことだ。大船渡市にも以前から社協は置かれていたが、震災の津波被害を受け、翌日の3月12日から「復興ボランティアセンター」として活動し、市内をはじめ全国から訪れるボランティアの活動の采配を行っている。震災から1年にあたる2012年3月。いま、大船渡のボランティアはどのような局面にあるのだろうか。

大船渡市社協 復興ボランティアセンター

国道45号線沿い、市の総合福祉センターの駐車場の一角に設置されたテントとプレハブが、ボランティアセンターの活動拠点となっている。土曜日の朝8時半、まだ氷点下の冷え込みという中、テントの周りには十数人のボランティアが訪れていた。
受付は初回と2回目以降に分かれており、今日の参加者はほとんどが2回目以降の受付で手続きを済ませていた。

現在、ボランティアの6割以上がリピーターだそうだ。集まったボランティアはその日の分担を伝えられ、数人ごとに現場に向かい出発する。

大船渡市社協 復興ボランティアセンター

この日の作業は仮設住宅の棚作り、復興マップ作り、泥出し作業など。市内のボランティア団体とも連携しており、「さんさんの会」の作業に参加するチームもいた。いずれの作業も、初めての参加でも関わりやすい単純作業が中心で、何度も参加しているボランティアのリーダーが作業を仕切るケースが多い。作業時間は基本的に9時半から15時ごろ。無理をせず、ゆっくりとしたペースで進められている。

震災当初は物資が圧倒的に不足し、がれきの処理や避難所の支援活動などの緊急的な作業も多かったことから、ボランティアの手はいくらあっても足りない状態だったという。しかし1年経った今、被災者の生活の場は避難所から仮設住宅に移り、ボランティアの役割も変わりつつある。

大船渡市社協 復興ボランティアセンター

社会福祉協議会の伊藤勉さんによると、「1年経って、現在はボランティアに対するニーズも、ボランティアに参加する人数も落ち着いてきました。今では基本的に被災者から要望の上がったことに対して支援するようにしています。ボランティアだからと言って、押し付けの支援になっては意味がありません」とボランティア運営の難しさを語る。
2012年3月現在、ボランティア作業を行っているのは週末の金、土、日曜の3日間限定となっている。参加は電話で受け付けおり、基本的に飛び入り参加はできない。日々の活動の様子は公式ブログにアップされており、その週の活動内容と必要人数はブログで予告しているので、その状況を見ながら参加を判断するのがお薦めだ。

伊藤氏によれば、ボランティア参加について、最低限準備してほしいのは下記の通り。
・汚れても良い服装
・宿泊場所、交通手段、食事を自分で確保できること
・ボランティアセンターまで自分で来られること
長靴、スコップ、バケツなどの各種作業道具などはセンターで用意してくれる。

なお、大船渡へは電車で来られないため、他地域からの移動は自家用車やレンタカー、もしくは高速バスとなる。沿岸部を路線バスの数はごく少ないので注意したい。市内のホテル等も復興関係者で連日混み合っているので、宿泊場所の事前確保も必須だ。

復興が進む大船渡ではあるが、現在でも仮設住宅に暮らす人々は約1,800世帯、4,500人にものぼるという。その他にも被災した自宅に住む「みなし仮設」の人々も多い。ボランティアに期待されているのは、こういった被災者の過酷な生活を少しでも楽にしてあげられる、後方支援のような活動である。

大船渡市社協 復興ボランティアセンター

「この1年でのべ27,000人のボランティアの方にご協力をいただきました。でも、これからも細く長く、ボランティアの支援は必要となっていくと思います。どなたでも参加していただけるので、ぜひ一緒に、大船渡の復興を手伝ってください」と伊藤氏は語る。

ボランティアに参加するのは、被災地を訪れる際の「幾つかある目的のひとつ」であっても良い。名所を見て回って、泊まって美味しいものを食べて、お土産を買って、さらに、ボランティアで汗を流す。こういった観光旅行を兼ねた計画も大船渡なら可能だ。「気になっているし応援したいけど、まだ被災地に行ったことは無い」という人は、大船渡から最初の一歩を踏み出してみてはいかがだろう。

大船渡市社協 復興ボランティアセンター
所在地:岩手県大船渡市盛町字下舘下14-1 総合福祉センター駐車場内
電話番号:090-7320-6504
ボランティア受付(8:30~17:00)
作業日:毎週金、土、日曜日
http://ameblo.jp/ooshakyo/

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「さんさんの会」 発起人・山崎純さん

震災の翌日の3月12日。
皿や厨房機器が散乱し、電気も水道もない、薄暗いレストラン。

ここで独り黙々とおにぎりを握り始めた「ポルコ・ロッソ」のオーナーシェフの山崎純氏。その小さな活動はやがて周囲の協力により、「さんさんの会」という大きな輪に広がった。

震災から1年の節目を迎えようとする3月。
山崎氏に、今までとこれからの、大船渡の姿を伺うことができた。

震災の翌日から、いち早く食料の支援を始められた山崎シェフ。
その胸にはどんな思いがあったのですか。

「さんさんの会」 発起人・山崎純さん

実は阪神淡路大震災の時に、僕はローマに修行に行ってしまっていたんですね。
その時は何もできなくて歯がゆい思いをしました。
だから、「今度何かあったら絶対にご飯を作って、困っている皆さんに届けるぞ」って前から決めていたんです。
今回の震災で、津波は店のすぐ前まで来たんですが、幸いにも難を逃れることができました。でも、電気もダメ、水道もダメという状態になって。家が山の方だったので井戸水だけはあって、店のプロパンガスも使えたんです。それで何ができるかって考えて、とりあえず「おにぎりを作ろう」と決めました。
その時、街の状況は何もわかっていませんでした。
テレビも映らないし電話も通じない。この世界がどうなっているのか、なにひとつ分からなかったんです。

それでも店にある米をかき集めて、買えるだけのお米も買い集めて、ろうそくの明かりを頼りにおにぎりを作って、近くの避難所に届け始めました。

震災直後、大船渡には53箇所の避難所があったんですが、その詳しい状況は全然分かっていませんでした。だから僕らは、おにぎりを配るたびに衣・食・住で何が足りないのか、ライフラインはどうなっているかなどを全部調べて、手帳にびっしり書いて回ってました。
それでおにぎりと一緒に、必要な物資を必要とされている分だけ届ける、という活動も並行して始まったんです。

リアスホール

何日かやっているうちに、近所のおばさんや女子高生の皆さんもおにぎり作りを手伝ってくれるようになって、大船渡市から避難所になっている「リアスホール」のキッチンを借りることもできました。
そのあたりから仲間も増えて、活動も大きくなっていったんですね。

僕らはこれを「リストランテ大船渡」って呼んでいました。
53テーブルの、日本一大きなレストランのお客様に、できる限りのサービスを届ける、という思いからです。

でも当時は人手も、食材も、ガソリンも全部不足していたので、全部の避難所を回るのは無理だと判断して、「本当に困っている避難所」を8箇所に絞りました。

そこには、「2日に1度はかならずご飯をお届けしますから、お昼を食べ終わったらお母さん方は休んでください」って声をかけて回ったんですよ。
ご飯を届けるって言っても、ただ作って届けるんじゃ意味がないんです。
必要なものを、必要なタイミングで、必要な量だけ届けることが重要だったんです。
だからその8つの避難所には、必ず2日に1回の夕食に、ご飯とおかずを組み合わせたお弁当を作って届けていました。
厳しい避難生活を強いられながら食事を作っていたお母さん方は、「山崎さんが来る日はご飯を作らなくていいから、ほっとするね」と言ってらっしゃたそうです。

その他の避難所については、行政からの支援が主におにぎりや菓子パンなどの炭水化物だったので、僕らはたんぱく質と野菜を摂れるように、お惣菜を紙コップに入れて届ける活動をしました。1日に紙コップで2000食分くらいは作っていたと思います。
それを各避難所に週3回、届けていました。

最初はおにぎり、それからお惣菜へと、
ニーズに合わせて支援の内容も変わってきたのですね。

最初は塩おにぎりで涙を流す方もいらっしゃるわけですよ。
「自分は生き残った」ということだけで涙が出るんです。でもそれだけでは続かない。

それが紙コップに入ったカレーとご飯になって、炭水化物が十分に届くようになったら、じゃあライスは無しでカレーだけにして、野菜やたんぱく質も摂れるお惣菜にして、最終的にはおかずを何種類も詰めた「おかず弁当」を届けるようになったんです。
食材はギリギリでしたが、ご近所さんや知り合いの法律事務所さんが野菜の仕入れルートを確保してくれたりと、いろんな方の支援があっての活動でした。

「ポルコ・ロッソ」再開後も、「さんさんの会」の活動は続いているのでしょうか。

僕は店を10月5日に再開することにしたので、それを機に「さんさんの会」の活動は卒業しました。でも今もまだ、僕の同級生や友達、知り合いの弁護士さん達は活動を続けています。

今は災害時の緊急避難的な状況からはだいぶ変わったので、活動の内容も仮設住宅の皆さんの生活を支援し、見守るようなものになっています。

これから被災者の皆さんに必要なものは何でしょう。

やっぱり「仕事」でしょうか。復興って、住むところがあればいいわけじゃないんです。将来に対しての夢とか希望がないとね。だから、ちょっとずつでも街の機能を戻していくことが、これから必要なことだと思います。

もちろん復興の作業も仕事のひとつですけど、やっぱり大船渡の人が、自ら経済活動をしていかないといけないと思うんですよ。

そのために必要なのは、この街に来てくれる人を増やすことでしょうね。テレビで見た大船渡の街と、実際に来て見た大船渡の街は、たぶん印象が違うと思います。
立ち上がろうとしている大船渡の現実をぜひ見ていただいて、子ども達にも語り継いでいってほしいと思います。

被災地では「さんさんの会」をはじめ、今も多くのボランティア組織が活動を続けている。しかし被災地に必要なのは、ボランティアの活動、物やお金の支援ばかりではない。多くの人が関心を寄せ、長い時間がかかるであろう復興への道のりを、共に歩み励ましてくれる”心の支援”も必要だ。

シェフの言葉の通り、テレビで見る大船渡の姿は、大船渡のごく一部にすぎない。
五感で感じる復興の姿は、もっともっと、力強く希望にあふれたものであった。

「さんさんの会」 発起人・山崎純さん
(「トラットリア ポルコ・ロッソ」オーナーシェフ)

■さんさんの会
URL:http://blog.livedoor.jp/sansannokai/

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三陸菓匠 さいとう 仮本店

かもめの玉子

地元でほぼ100%の知名度を誇る「かもめの玉子」は、(株)さいとう製菓の代表銘菓。三陸土産の代名詞のような菓子であり、しっとりとしたカステラ生地に、豆の香りがほんのり優しい黄身餡が包まれ、一体感のある味わいが人気を得ている。同社では路面店やデパ地下店舗など数多くの直営店も構え、「かもめの玉子」のほかにも和菓子や洋菓子を販売しているが、その直営店の旗艦店となるのが国道45号線沿いにある「さいとう 仮本店」である。

三陸菓匠 さいとう 仮本店

かつて、本店は本社を兼ねて大船渡駅の近くにビルを構えていたが、今回の震災で津波の直撃を受けて大きく損壊。高台にある和装店の一角に移転し、現在は仮本店として営業している。
営業再開は震災からわずか1ヶ月半ほど、4月29日のことであった。

かもめの玉子

幸いにも製造工場は赤崎地区の高台にあり津波の被害を逃れたが、停電や販売網の被災のため、しばらくは操業停止を余儀なくされたという。震災後初めて電気が通った時には、営業再開を望むメールが読みきれないほどの数で届いており、同時に注文の電話が殺到したそうだ。
常務取締役の齋藤氏は、「その時は感無量でした。この声があったから、社員は一丸になって頑張れました」と当時の心境を語る。
震災から1年。今でも震災前の水準までには戻っていないそうだが、店頭には市民や観光客に交じって、復興作業のために訪れた人々の姿もあり、活気に満ちていた。

「皆さんがこの玉子を故郷に持ち帰って、大船渡のことを伝えてくれる。その温かさが励みになります」と齋藤常務は語る。

復興福朗

地元の人々に元気を届けようと、震災後に考案した「復興福朗(ふっこうふくろう)」という新商品もある。
これは「かもめの玉子」と同様に玉子型に仕上げたカステラに、ホワイトチョコ餡とラズベリージャムを詰めたもの。「不苦労」の語呂の良さとともに、夜目が利き見通しが明るい、という願いも込めているそうだ。
その他、中尊寺の世界遺産登録を記念した「黄金かもめの玉子」などユニークな商品もある。

甚大な被害を受けながらも、震災前と変わらぬ美味しさで三陸の魅力を届け続けている「さいとう製菓」の「かもめの玉子」。ただの土産とは侮れない、類稀なる美味しさと可愛らしさを併せ持った逸品玉子である。

三陸菓匠 さいとう 仮本店
所在地:岩手県大船渡市大船渡町富沢41-12 
電話番号:0120-311005
営業時間:9:00~18:00
定休日:水曜日
http://www.saitoseika.co.jp/

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地ノ森八軒街

地ノ森八軒街

震災前に池の森地区に店を構えていた8店舗が集まった仮設商店街。鮮魚・青果店、和菓子店、スポーツ用品店、写真店、クリーニング店、手芸店、包装用品店、タバコ店の8店舗から成る。中央の駐車場スペースは公共の広場としても活用されており、市民向けの小さなイベントが開催されることもある。

地ノ森八軒街
所在地:岩手県大船渡市大船渡町地ノ森45-17 

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大船渡プレハブ横町

大船渡プレハブ横町2011(平成23)年12月23日にオープンした仮設商店街。隣接する「屋台村」とともに大船渡復興のシンボルとなっている。
入居する21店舗はほとんどが震災前にJR大船渡駅周辺で営業していた店舗で、小料理屋、ワインバー、理容室、ネイルサロン、整体など多彩な店が2階建て、計4棟のプレハブに軒を連ねている。敷地内には広い駐車場とトイレも完備。飲食店が営業するのは主に夜となる。

大船渡プレハブ横町
所在地:岩手県大船渡市大船渡町字野々田 

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綾里(りょうり)物産観光センター 銀河

綾里物産観光センター銀河

震災以来運休となっている三陸鉄道の綾里(りょうり)駅舎内にある産地直売所。綾里周辺で穫れた農産物を直売しているほか、三陸エリアで多くのスーパーを出店する「マイア」の協力で、食料品全般や日用品など、生活に必要な物資の大半を買える場所となっている。会議室、展示室、綾里貝塚ミニ博物館、ソフトクリーム販売などもあり、観光の寄り道スポットとしても最適。

綾里(りょうり)物産観光センター 銀河
所在地:岩手県大船渡市三陸町綾里字宮野40-1 

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大船渡港

大船渡港

大船渡市街の目の前に広がる大船渡港は、湾口までおよそ6キロある天然の良港。岩手県内でも屈指の海運・漁業の重要拠点となっており、県内で唯一、外国への定期コンテナ船が就航している。
震災前の漁獲高は岩手県第2位。湾の周囲には東側の野々田地区に主に漁業関連の施設が、大船渡駅東側の茶屋前地区には主に鉱工業・運輸関係の施設がある。
また、盛川を挟んで西側には太平洋セメントの工場があり、全国にセメントを搬出する拠点となっている。津波では港の多くの施設が被災・流失したが、特に西側の漁港地区では復興が進んでおり、現在は魚市場も稼動している。

大船渡港
所在地:岩手県大船渡市 

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長谷寺

長谷寺

住宅地にある小さな寺院だが、東北地方最古級の平安末期の木造如来坐像と鎌倉時代の木造十一面観音立像があり、それぞれ県指定の文化財となっている。特に如来坐像は平泉中尊寺の仏像群よりも古いもので、ふくよかな表情が往時を伝える。いずれの像も一本のカツラ材から彫り出しており、鉈の跡を意図的に残す「鉈彫(なたぼり)」という技法が特徴的。寺自体は938(天慶元)年の開基とされ、赤崎町小田地区に小さな堂があったと伝えられるが、その後火事で仏像以外はすべて焼失。1625(寛永2)年に現在地に移転した。現在の本堂は1705(宝永2)年、観音堂は1716(享保元)年の建築。気仙三十三観音二十二番札所。

長谷寺
所在地:岩手県大船渡市猪川町長谷堂127 
http://www.city.ofunato.iwate.jp/www/contents/1306..

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長安寺

長安寺

大船渡市北部の日頃市町にある真宗大谷派の寺院。開創は平安時代末期頃と伝えられている。東北随一といわれる壮麗な山門は総ケヤキ造りで、1798(寛政10)年の竣工。実はケヤキが当時禁制の材木であったため、藩主の伊達氏から工事途中で中止を命じられ一部の装飾が欠けている。本堂は1883(明治16)年に再建されたもの。江戸時代には幕府に迫害されていた蘭学者・高野長英がこの寺に隠れ住み、密かに蘭学を教えていたとも伝えられている。境内にはその他、桃山建築を模した鼓楼と鐘楼、推定樹齢420年のイチョウの木もあり見どころが多い。

長安寺
所在地:岩手県大船渡市日頃市町長安寺57 

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大船渡市立博物館

大船渡市立博物館

碁石海岸にある歴史と文化の博物館で、大船渡市随一の規模を誇る。展示内容は古生代から現代までの大船渡地域の変遷を、地質、考古、民俗の側面から紹介したもの。特に漁法や漁具の展示などは内容豊富である。見学の最初には「大船渡 その海と大地」をテーマにした動画をシアターで鑑賞する。学校教育や生涯学習の場としても利用されるのはもちろん、一部の資料は研究や学習のための貸し出し等も行っている。休憩スペースの利用は無料。入館料は高校生以下無料、一般300円。徒歩1分の場所にある「世界の椿館・碁石」との共通チケットの人気も高い。

大船渡市立博物館
所在地:岩手県大船渡市末崎町字大浜221-86 
電話番号:0192-29-2161
開館時間:9:00~16:30(入館は16:00まで)
入館料:大人300円、高校生以下無料 共通券400円(開花時期600円)
FAX:0192-29-2162
http://www.city.ofunato.iwate.jp/www/contents/1116..

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リアスホール

リアスホール

1階から3階まで吹き抜けとなった約1,100名収容の大ホールを中心に、イベントなどに使えるマルチスペース、貸会議室、図書館、ギャラリー、和室、スタジオ、練習室などを備えた市民会館。大ホールは大船渡市で最大の室内ホールで、各種コンサートやイベントの多くはここで行われる。斬新なデザインは建築家の新居千秋氏によるもの。碁石海岸の穴通磯をモチーフにしており、高いデザイン性が評価され、2009(平成21)年には「日本建築大賞」を受賞した。

リアスホール
所在地:岩手県大船渡市盛町字下舘下18-1 
電話番号:0192-26-4478
開館時間:9:00~22:00(施設により異なる)
http://www.city.ofunato.iwate.jp/www/contents/1226..

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大船渡市役所

大船渡市役所

大船渡市の人口は2012(平成24)年3月末現在で約4万人。行政の中心となる大船渡市役所は、盛駅から徒歩5分ほどの高台にあり、大震災でも津波の被害を免れた。各種証明書の発行や届出などの通常業務を広く行っているほか、庁舎内には災害復興局も設置され、復興に向けた各種業務の中心となっている。庁舎前には広い無料駐車場も備えている。

大船渡市役所
所在地:岩手県大船渡市盛町字宇津野沢15 
電話番号:0192-27-3111
http://www.city.ofunato.iwate.jp/www/toppage/00000..

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おさかなセンター三陸

【2013年3月】おさかなセンター三陸
大船渡の海鮮産直「おさかなセンター三陸」。
2012年3月に訪問した際には、まだ地元の水揚げが少なく、加工品を中心に扱っている印象だったが、今回は、さまざまな種類の新鮮な魚が並ぶ光景を見ることができた。

大船渡かき小屋また、2012年12月から、震災以来営業を停止していた「漁師のかき小屋」も2年ぶりに営業を再開。地元の方や観光客が新鮮な牡蠣を楽しんでおり、少しずつではあるが、着実に復興が進んでいるように感じられた。

【2012年3月】

おさかなセンター三陸

地元の漁業・水産関係業者と大船渡市が協力して作った海鮮の産地直売所。水揚げされたばかりの鮮魚はもちろん、干物や練り物などの水産加工品や海藻類、大船渡名産の柿を使った干し柿や羊羹、「かもめの玉子」などおなじみの土産物類も扱っている。国道45号線沿いという立地もあり、観光客にはドライブイン感覚で利用されている。震災後は水揚げが激減したため主に加工食品となっているが、わかめなどはすでに出回り始めており、今後も徐々に地元産の“三陸の海の幸”が復活するはず。

一角には「漁師のかき小屋」というスペースもあり、震災前は殻付きかきの食べ放題が話題となっていたが、現在は海鮮食堂として営業中。早期の再開が期待されている。

なお、大船渡駅近くのスーパー「マイヤ」が津波で被災したため、現在はセンターの半分ほどを区切って「マイヤ」の仮店舗として営業している。

おさかなセンター三陸
所在地:岩手県大船渡市大船渡町字砂子前1-1 
電話番号:0192-27-8100
営業時間:10:00~19:00
定休日:元旦
http://www11.ocn.ne.jp/~osakanac/

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サン・アンドレス公園

大船渡漁港に接した小さな芝生の丘にあり、個性的な形の展望塔がランドマークとなっている公園。

サン・アンドレス公園

震災前は芝生が青々とした美しい公園だったが、津波によって土台部分や手すりが大きく破損した。1年経った2012(平成24)年3月現在は、破損はそのままながら展望台部分まで登れるようになっている。展望台には復興の祈りを込めた千羽鶴が架けられており、被災した大船渡湾を一望できる。

なお、公園の名は1611(慶長16)年スペインの使節として来日したセバスチャン・ビスカイノが伊達政宗の許可を得て、聖アンドレスの祭日に入港したことを記念して付けられた。

サン・アンドレス公園

サン・アンドレス公園
所在地:岩手県大船渡市大船渡町 

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三陸鉄道盛駅 ふれあい待合室

【2013年3月10日追記】

大船渡ふれあい待合室

2012年3月3日に取材に訪れた「ふれあい待合室」を2013年3月10日に再訪。ふらっと立ち寄った人にも「お茶っこ」をふるまってくれる。この日は、玉こんにゃくも振る舞われており、室内に良い匂いが漂っていた。 以前訪れた際には、まだ正式な復旧の目途がたっていなかったが、2013年4月3日に盛~吉浜間の運行開始が決まっている。

大船渡ふれあい待合室

運行がスタートすれば、この「ふれあい待合室」は、「盛駅」としての本来の役割に戻るわけだが、三鉄グッズの販売やお茶っこスペースの提供などは、規模を縮小して、引き続き続ける予定だという。 JR大船渡線も、先だって3月2日にBRTでの運行を再開しており、「盛駅」に駅としての顔が戻りつつあるように感じられた。

 

【2012年3月3日取材】

三陸鉄道盛駅 ふれあい待合室

震災から約半年後の10月初旬、不通の状態が続く三陸鉄道南リアス線の盛駅駅舎に「ふれあい待合室」がオープンした。これは三陸鉄道(通称「三鉄」、第3セクター鉄道)とJRと2棟並んでいる盛駅の駅舎のうち、三陸鉄道側の駅舎を市民や観光客向けに開放したもの。
待合室にはテーブルが並べられ、自由にお茶やお菓子を楽しめるようになっている。仮設住宅への転居などで離れ離れとなった“ご近所さん”同士が、気軽に会える場所としても好評だという。

三陸鉄道盛駅 ふれあい待合室

また、切符売り場の周りにはオリジナルのキャラクターをあしらった「三鉄グッズ」や地元の人々が作った手芸品なども販売されており、訪れる全国からの鉄道ファンやボランティア、観光客らにも人気が高い。簡単なお菓子や漬物が無料で提供されるほか、待合室内ではサンドイッチの販売もしているので、買い物途中やバスの待ち時間に軽食をとることもできる。

三陸鉄道盛駅 ふれあい待合室

そもそも盛駅は南リアス線の発着駅であり、JRとの接続駅であるため、大船渡でも最も利用者の多い駅だった。その駅も津波が膝上の高さほどに押し寄せ、停車していた車両の電気系統も故障。今は沿岸部の路線の補修と、新たな車両の導入を待ちながら運休が続いている。

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