大槌町を支援してくれた全世界に向けて、音楽で”ありがとう”を伝えたい― 「おおつちありがとうロックフェスティバル」

「大槌町を支援してくれた全世界に向けて、音楽で”ありがとう”を伝えたい―」
大槌町の若者・音楽好きの熱い想いから生まれた入場無料のロックフェスティバル「おおつちありがとうロックフェスティバル」。

第0回の昨年に引き続き、第1回となる今年2013年は、7月27日(土)、28日(日)の2日間にわたって開催された。
天候が心配された当日、1日目の27日(土)は、雨の中のスタート。途中から大雨警報が発令され、やむなく中止となった。2日目は開始時刻を繰り上げて、1日目に演奏できなかったバンドが急遽出演。開始時は大雨だったが、出演者が演奏するごとにだんだんと天候が回復して晴れ渡り、まさに世界に想いの通じたロックフェスティバルとなった。

ありフェス

この「おおつちありがとうロックフェスティバル」を企画したのは、実行委員長の古舘王士(きみお)さんと仲間たち。普段は地元で魚屋や漁師をやっているが、みな音楽が大好き。彼らの「地元大槌を本気で復興させたい」という気持ちが、入場無料のロックフェスを実現させた。

ありフェス
古舘さんが「大槌から全国に”ありがとう”を届けたい」と今年の春に乗り込んだのが「サンクスカー」。その軌跡とサンクスカー本体が会場に展示されていた。
全国各地でたくさんの出会いと再会があったことが分かる。

会場内の休憩用テント内には全国からの応援メッセージも展示されていた。

ありフェス

出店ブースには、三陸の海の幸のほか、ピザが美味しいと評判の地元のダイニングバーや、熊本県水俣から美味しいデコポンかき氷を持って来てくれたくまモンたちなど、地元と全国から名産品が集まる充実ぶり。地元の高校生達は、手作りした郷土料理「ひっつみ」と高校生考案オリジナルスイーツ「あずきばっとうアイス」を無料でふるまっていた。
会場外での駐車場係や誘導係なども、地元の中高生が積極的に担当しており、実行委員たちよりもさらに若い世代にも、熱い想いが引き継がれ、「ありフェス」を支える力となっていることが感じられた。

一方ステージでは、2日目は朝から岩手のアーティストが登場。大船渡出身の3人組「LAWBLOW」が元気なサウンドを響かせ、山田町出身の佐々木龍大が独特のシュールな世界を展開し、「SHOW411」が陸前高田で亡くなった祖母への歌を披露、江刺出身の松本哲也がしっとりとバラードを歌い上げた。

ありフェス

その後、「太陽族」ら昨年も出演した面々の演奏もスタート。楽しみにしていたファンも多く、最前列にお年寄りがいて出演者をビックリさせることも。ステージは夜のフィナーレに向かってヒートアップしていく。

最後は「リア&ノリシゲ」の「あるきましょう」を全員で合唱。この歌は震災直後に作られた歌で、ガレキの街を家族や友人を探して歩いた日の記憶が重ねられている。
空には大槌町民の募金で打ち上げられた「ありがとう花火」が感動の花を咲かせて、ありフェスは感動のフィナーレを迎えた。

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ありフェス

オプショナルツアーとして、大槌港内のクルージング体験も催された。
地元の方の案内で「ひょっこりひょうたん島」のモデルになったといわれる蓬莱島へ。津波を受けて破壊された鳥居がまだそのままの状態だが、お堂の中の弁天様は無事だったとのこと。
港内に泊まっていた「瀬谷丸」という船は、横浜市瀬谷区の市民が募金をして大槌へ贈った船。現在は漁に大活躍中とのことで、やはりいろいろな人の協力で少しずつ前に進んでいることが実感できた。

大槌駅

最後に大槌町の現在の様子を紹介しよう。
大槌駅前の写真。ホームだったところに草が生え、線路も外されたまま。
復旧の目途は立っていない。
しかし町の人々は歯を食いしばって前に進もうとしている。

まんぼうの刺身

仮設商店街の居酒屋さんでは、珍しいものをいただいた。 「マンボウ」のお刺身。白身に肝を乗せ、お味噌を付けていただく。肝がトロッとしてこくがあってとっても美味しい。
震災後に初めて大槌を訪れた時には、こんなものが食べられるとは思わなかった。

「ありフェス」の開催成功も含めて、地元の人・町外の人、いろいろな人の努力・協力があって、少しずつこのようにさまざまな物事が回復していっていることに希望を感じる。

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