一千有余年の歴史を経て、今なおいきづく伝統の祭り「相馬野馬追」

かつて、平将門(~940年)が下総国に野馬を放し、敵兵に見立てて軍事訓練をしたのが、この行事の起こりと言われている。重要無形民俗文化財に指定されており、毎年7月の最終土曜日から翌週の月曜日までの3日間にわたって開催される。

相馬中村神社

初日の「宵祭り」では相馬中村神社(相馬市)、相馬太田神社(南相馬市原町区)、相馬小高神社(南相馬市小高区)の3つの神社から騎馬軍が出陣。特に総大将も出陣する相馬中村神社では、厳粛な出陣式が行われる。それぞれの神社における出陣の際、大将の命による振旗を合図に、螺役(かいやく)が高らかに螺を吹く。この螺の音は祭りの各場面で響き渡り、周囲に事の始まりなどを伝える大切な役割だ。

相馬野馬追

総大将と直属の軍が進む道中の北郷陣屋(南相馬市鹿島区)では、古式に則った儀式「総大将御迎」が行われ、さらに大きな軍が再編成される。こうして、全3軍が雲雀ヶ原祭場地(南相馬市原町区)に集結。馬場清めの儀式が終了すると螺の音が鳴り響き、「宵乗り競馬」という古式競馬が行われる。古式馬具を身に着けて一周1kmの馬場を走り抜ける騎馬武者達の姿は、翌日の足慣らしとはいえ、荒々しく勇敢だ。

相馬野馬追

二日目の「本祭り」では、花火を合図に、三番螺、陣太鼓が鳴り響くと、いよいよ出発。甲冑をまとい、太刀を帯し、旗差物を風になびかせた騎馬武者の乗る総勢500余騎の馬が祭場地までの約3kmを行軍する。行列の歩度を調節する御先乗を先頭に、隊を統率する軍者、行列の前後を走り回り伝令の役をする御使番、組をまとめる組頭など、決められた順で、それぞれの役旗をひるがえしながら進んでいく様は圧巻だ。

相馬野馬追

一行が御本陣雲雀ヶ原の祭場地に到着すると、祭りのハイライトとも言える「甲冑競馬」と「神旗争奪戦」が行われる。「甲冑競馬」では、よろいを着込んだ騎馬武者が背中に差した色とりどりの旗をなびかせながら一周約1,000mを疾走。「神旗争奪戦」では、打ち上げ花火の中から落ちてくる御神旗を騎馬武者たちが争奪するのだ。この御神旗こそ、敵の首になぞらえてあるもの。御神旗を勝ち取った騎馬武者は、誇らしげに御神旗を掲げて山を一気に駆け上がる。

小高神社

そしていよいよ最終日は、古式の神事「野馬懸」。相馬小高神社の境内で、馬を竹で作られた囲いに追い込み、御小人(おこびと)と呼ばれる白装束の数十人の若者が素手で捉える。一番に捕らえた馬は、神馬として奉納されるという古式にそったこの神事こそが、国の重要無形民俗文化財に指定される重要な要因となったものである。

2011年は、東日本大震災の影響を受けたため、亡くなられた方の鎮魂を願うとともに、相双地方の復興のシンボルとして「東日本大震災復興 相馬三社野馬追」を開催。お祭りのメインである「お行列」「甲冑競馬」「神旗争奪戦」は行われず、規模を縮小しての実施だった。しかし2012年の相馬野馬追は、最終日の「野馬懸」が、まだ公道が除染されていないという理由で追い込む距離を短くし、頭数も減らして行われているなど影響はないわけではないが、ほぼ例年と同規模で開催された。離れ離れに暮らしていた家族が一時帰宅で再開した家族も多く、力がひとつになってこそ行われたイベントだ。

一千有余年の歴史を経て、今なおいきづく伝統の祭り「相馬野馬追」
所在地:福島県相馬市・南相馬市 
電話番号:0244-22-3064(相馬野馬追執行委員会)
http://www6.ocn.ne.jp/~nomaoi/

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