宮城県立志津川高等学校

グラウンドに仮設住宅が建つ「宮城県立志津川高等学校」 。そのような環境の中、練習に励む野球部の監督、松井康弘先生にお話を伺いに行きました。2011(平成23)年3月11日、高台にある志津川高校にはたくさんの人が避難し、町が津波にのまれていく様子を見ていました。為す術もなくその状況を見ていた人たちの気持ちを思いながら、私は急な坂を登りました。

志津川高校外野ネット付近

野球部の外野ネット付近に建てられた仮設住宅は、木造のしっかりとしたもので、仮設住宅と言われてイメージするプレハブのものとは異なり驚きました。しかし、それが仮設住宅での暮らしが長いものになっていることを意味していて、複雑な心境でした。

練習試合の時、校歌を歌うと仮設住宅からも歌声が聞こえるそうです。以前は町のほとんどの人が志津川高校に進学していたので、仮設住宅で暮らす人たちも慣れ親しんだ校歌なんですね。

志津川高校野球部は、志津川旋風と呼ばれた1975(昭和50)年の快進撃など、かつては強豪校を破る力のある学校として知られていました。しかし、野球部の部員は年々減少しています。震災後、様々な方面に臨時バスが運行されるようになり、それを利用して遠方の学校にも通いやすくなり、志津川高校に入学する生徒数自体が減少しているそうです。

志津川高校校舎

2011(平成23)年に入学し、卒業を迎えた佐々木拓真さんは、志津川高校野球部での3年間を「人として何倍も成長できたし、多くの人たちと触れ合うことができた」と振り返ります。思うように練習できない状況に対しても、「広いグラウンドで思いきり練習したいという気持ちはありますが、私たち以上に苦労している人はたくさんいるので環境のせいにはしたくないです」。と答えてくれました。佐々木さんは卒業後、専門学校に入学して人の命を救う職業を目指します。震災を経験して決めた自分の進路。「志のある子なので、やってくれると思いますよ」監督の松井先生も、夢を叶えてくれると信じています。

志津川高校野球部監督の松井康弘先生

震災後、様々な地域の学校が志津川高校を訪問し、交流を深めています。練習試合の時、バスを2台チャーターして仮設住宅の人たちが応援に来てくれたこともあるそうです。「大変だったけど、今は恵まれていると思っています」。松井先生はそう話してくれました。震災がなければ出会えなかった、たくさんの人との出会いがあったからこその言葉だと思います。

志津川高校から見る街

学校がある高台から下を見下ろすと、まだ雪が残る更地が広がっています。「ここにバシッと街があったんですよ」。そう言われても、全く想像ができませんでした。「野球をやれば町が元気になる」松井先生の言葉が現実になるよう、願っています。

宮城県立志津川高等学校
所在地:宮城県本吉郡南三陸町志津川字廻館92-2 
電話番号:0226-26-3643
http://sizugawa-hs.myswan.ne.jp/

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